真夏、目を閉じる

午後5時、36度。冷房は嫌いだ。たいして入らない風を求めて窓を全開にして、保冷剤を首にあてながらこの文章を書いている。
車の走行する音や子供の声、ガラス一枚も隔てない外の大通りから自分のものではない音がとめどなく聞こえる。それなのに、薄暗い部屋で文章とにらめっこをしていると、それでも世界中に自分しかいないような気分になってくる。

ひどく悲しい夢を見た。本当に悲しい夢だった。もう何日も、何日も忘れられていない。長い長い夢だった気がするし、閃光のようにあっという間だった気もする。とにかく頭にいつまでもぼんやりと靄がかかって、胸の奥に血がにじむような感覚がある。

7月いっぱい鬱陶しい雨が続いて、やっときた真っ盛りの夏だ。本来一番好きな季節だけれど、もう名前を出すのも飽きた例のウイルスとか何やらのせいで例年のような素敵な予定は一切ない。去年の今頃は、遠方から来た友人と一泊二日で出かけたりした。もう少し涼しくなってからは、河原に大人数で集まって、楽器を持ち寄ったりして遊んだっけ。

毎年同じようで、毎年確かに違う季節が巡る。繰り返しのようで決して繰り返しではなく、私自身も誰もかれも、その間に一年という時間を積み上げている。

1年前の夏は、今年は決してやってこない。全てのことが、二度と起こらない。

曲を書こう。

この手記(と呼んでいいのかすらよくわからない)に一区切りついたら、また書き始めようと思った。

思い始めると、頭の隅で早く、早くと急かす声が聞こえてくるようだった。一刻も早く、この感情が鈍らないうちに早く。片手で椅子をぐっと引いて、丸く歪ませたままだった背中をぴんと伸ばしてみた。

静かで人目がない、ぐるぐる歩き回れる自室。PCの前には置きっぱなしのMIDIキーボード。右にはインターフェース、左にはギターとマイクスタンド。もう一々片付けるのも面倒になってきて、全てが手に届く範囲にあるように模様替えした。あとは鉛筆と、メモ帳と、たくさんの裏紙。朝日を見ることになると思うから、翌日は休日でないと体がもたない。愛鳥が起きてしまうから、夜が更けたら照明は消して、テーブルランプのスイッチを入れる。

ずっとそんな調子で何年も、私は一人で曲作りをしている。

せめてこの夏、あと一曲だけ。あの夢だけは書き出したい。

蝉が短い人生の全てを賭して必死で泣き喚く声が、急に目立って耳に入った。