音楽ディレクターの男06
キバさんは、ぼくらと同じ、鹿浜橋ミュージックのディレクター。入社してすぐ、ニシオカさんが教育係についてくれて、2年ほどノウハウを学んだ。そしてこれからは現場で戦力としてがんばっていく、というとき、ニシオカさんは、ぼくにキバさんを紹介した。「コイツについていけ。大変だろうけど、得るものは大きいから」と。それ以来、できるだけキバさんの近くにいた。5年間で、一緒に担当した現場は10件以上になる。
大変だろうけど、というニシオカさんの言葉は、まったく間違っていなかった。ディレクターは制作を管理する仕事で、制作の方向性を定めるのはプロデューサーの仕事。そのモノサシを、キバさんは軽々と飛び越えていた。プロデューサーのプランを全否定し、企画書から書き直したことも、一度や二度ではない。 態度もデカいし声もデカい。ちなみに身体もデカい。188cm、95kg、柔道と空手はどちらも二段。新入社員のとき、歓迎会の余興でグレープフルーツを素手で握り潰したそうだ。音楽業界にはあんまりいないタイプ。そんなクセの強い先輩の下にいて、気苦労は多い。
けれど、確実に結果を残す手腕には、憧れていた。絶対に無理だと思えるようなプロジェクトでも、キバさんの手にかかれば、すべてがスムーズに進み、完成物がスケジュール通りに納品された。新人アイドルユニットのプロジェクトに、売れっ子のプロデューサーを無理やり引っ張り出してきたこともある。どれもこれも、キバさんの仕事は、キバさんだからできた、キバさんじゃないとできない仕事ばっかりだった。自分もああいうふうになりたい、とは思わなかった。あのひとの右腕になりたい。あのひとの現場で、なくてはならない存在になりたい。それが、ぼくのスタッフ人生の目標になった。それから、キバさんの後を付いて回るようになった。
キバさんとニシオカさんは同期入社で、仕事のスタイルはまったく違うが、仲はいい。調整型で人当たりがよく、堅実な仕事をするニシオカさん。直情的で誰にでも食ってかかるキバさん。兄貴分的な先輩と、カリスマ的な先輩。兄貴分にカリスマを紹介され、カリスマにコキ使われながら兄貴分にグチをこぼす。そうやって、これまでを過ごしてきた。これからもずっと、そうやっていきたかった。けれど、これからどうなるかは、いまだにわからない。
「キバは合併後はどうするんだ?」
「いや、それがわかんないんですよね。ぼくも最近はなかなか同じ現場にならないし」
「あ、じゃあ、オマエが経歴書を後回しにしてるのって…」
「キバさんの言うとおりにしよう、と思ってるからです。ぼくは、会社がどうなっても、あの人と同じ現場にいたいから」
「そっか…」
「ニシオカさんはどうするんですか?経歴書、もう出しました?」
「俺は残るよ。同じような仕事をするつもり。クリスタルに転籍、だな」
「そうですか。まあ、ニシオカさんならどこ行っても大丈夫でしょうけど」
ニシオカさんは音楽専門学校を卒業してすぐ鹿浜橋ミュージックに入り、ディレクターの中で最も早く主任になった人だ。常に半年以上は担当案件が埋まっている。どうしてもニシオカさんに担当して欲しいから、ということでアーティスト側からリリーススケジュールを見直すことさえあるらしい。きっと、新しい環境でも、同じように活躍するんだろう。
ふと、スマートフォンが鳴った。LINEの着信。ちょうど、キバさんからだった。
「宮中の件、片付いたって聞いた。お疲れ。今後のこと、そろそろ話す。近いうちに時間とってくれ」